宅地建物取引主任者 運と資格取得勉強の方法(長野県茅野市)


          運で資格取得(宅地建物取引主任者・宅建士)

 

                       オータ住環境    太田清人

私は、建築の専門学校、中央学校卒業の20歳の年、社会人一年目に「二級建築士」と「宅地建物取引主任者」(宅地建物取引士-宅建士)の資格を同時に取得することができしました。

「宅地建物取引主任者」の勉強期間は3週間ほどしかありませんでしたが、たまたま「運」よく取得できたのです。

「二級建築士」は、建築の専門学校卒業の年でもあり、また入社した会社の同僚も取得を目指していたので、4月より準備をして、計画どうり勉強し、どうにか取得することが出来ました。

「宅地建物取引主任者」の資格は、たまたま、取得できたのです。 2級建築士の一次試験(学科)が7月、二次試験(製図)が9月で、宅建試験は10月でした。

二級建築士の一次試験が終わった7月。その直後、建築でなく不動産やに勤めた同じ専門学校だった友達が私のアパートに来て、あるお願いにきました。

友達いわく、「俺は10月にある宅地建物取引主任者の資格試験を受けなければいけない。一人では心細いので、一緒に受けてほしい。受験申し込みは7月末なので、急ぎ申し込んでほしい。」と言ってきました。その時に、「宅建問題集・・」を置いていったのです。少し見てみると、民法、宅建業法・・や、難しい専門用語的な漢字が多く、「これは、私には無理だ」と思ったものです。

私としては、建築士の一次試験が終わったばかりで、まだまだ一次試験の結果は出ていませんので、9月の二次試験に向けて勉強していました。

友達はあまりにも真剣にお願いしてきたので、「受験の申し込みだけはしておくは」と言う具合で、宅建の受験試験の申し込みをしておいたのでした。この時は、合格できるとは夢にも思っていませんでした。

8月の建築士の一次試験(学科)の合格発表前でしたので、9月にある二次試験(製図)に向けできるだけの準備をして受験しました。毎日を、気を張って建築士の勉強でした。

9月に、製図の二次試験がどうにか終わりました。少々の自信はありました。

その後、何もすることがなくなり「とたんに張りつめていた気」が緩んでしまってたのです。

そんな時に、申し込んでおいた「宅建の勉強でもしてみる」か、くらいの軽い気持ちで、紀伊国屋にいき「宅建受験の本棚」をのぞいてまてみました。

すると、一冊の本に目が留まりました「やさしい宅建問題集・・・」。先日、友達からいただいた本は難しくて「専門用語、漢字・・・」と、とても勉強する気にはなれませんでした。

この本「優しい問題集」を開いてみると、難しい漢字が少なく読みやすかったのです。国語や漢字に弱い私は、この本を買って持ち帰ったのです。

問題集ですので、テキストと違い問題を読んでも全く解りませんでした。そこで、問題の前に、解説から読み勉強し始めたのです。四者択一問題でしたので、「これだから間違っている」「この場合はこれが正解」・・・・と、解釈しながら覚えていったのです。解説をあるていど理解し勉強してから、問題の「出題」のし方を見ていったのです。

問題と解説で、約一ページ。500問題(500ページ)ほどを、時間が許す中で解説を理解して、その後に問題(出題)を・・・・とテキストなしで独学しました。確か、試験問題は50問だったように思います。よって、その一つの設問に対して、10例の問題事例がありました。500問題をひと通り終わらせ、また1問目から二回目を繰り返しました。相変わらず、まだほとんど解りませんでした。当然です。初めての勉強でしたので。

しかしながら、三回目にはいると、やっと問題から答えが解るようになっていったのです。もう、時間がないので難しく間違えた問題だけをチェックしておきました。

ここまで、二週間ほどで行いました。(仕事時間以外、いや、仕事中も、許す中で、徹底して勉強していました)宅建試験日まで、あと一週間。

また紀伊国屋にいって「過去5年間の受験問題集」を買って来ました。この問題集を4日で、二回行い、間違えたり難しい問題だけ前回と同じようにチェックしておきました。

試験までの残り3日間は、「やさしい宅建問題集、500問題」と「過去問5年間の試験問題」の間違えたり難しい問題(チェックしておいた問題)だけを、時間の許す中で、繰り返し、繰り返し勉強しました。

こうして、3週間の私なりのテキストなしの独学の勉強で、宅建受験に挑んだのです。

受験答案結果(四者択一問題)を控えておき、帰りました。受験結果は、全々自信はありませんでした。

驚いたことに、私を誘っていた友達は、受験していなかったのです。勉強をほとんどしていなかったようです。受験していなかった友達は、受験の為の学校にも行っていたようでした。本当にあきれてしまいました。

受験答案結果(四者択一問題)を控え、帰りましたので、「友達に、受験勉強していた学校で、採点してほしい」と言って、渡しておきました。

後日、友達から「おしかったな、一問たらなかった」という連絡が入りました。残念ではありましたが「駄目もと」でしたので、あきらめがつきました。

後は、二級建築士の合格発表を待つだけでした。少々の自信はあったのですが、やはり合格発表があるまでは、なんとなく落ち着きませんでした。待つこと2ヶ月ほど、嬉しいことに合格できたのです。

それから数日後だったでしょうか、アパートに「宅建受験の結果の通知」が届いたのです。不合格にチェックが入っていました。私は解ってはいたが「あれだけ頑張ったのだから、もしかして」と言う気持ちはありましたが、 しかし「やっぱり不合格だったか」と、少し気落ちしました。

翌日、会社に行ったら、課長はじめ、5人の先輩たちが宅建を受験していたようでした。皆は「もう五回目だ、三回目だ・・・また、駄目だった」と、言い合っていました。

私は会社には内緒で受験していましたので、ここで、皆に「実は僕も受験していました、やはり難しいですね、昨日、不合格の通知が来ました。」 と、言ったところ「不合格者には通知はいかない」と言われたのです。

この時は、さすがに驚きました。

今でも思い出します。ドキドキしながら、昼休みにアパートに帰って、来た通知を見なおしたのです。すると、不合格に線が入っており、これが合格通知だったことに気づいたのです。本当にびっくりでした。

この通知を持って、会社に行ったら「太田は・・・・」と、皆も私以上に驚いていました。

自分を誘った友達に知らせると「本当か・・」と言って、なぜだろう、と驚いていていました。友達も不思議に思い「学校」に、今年の合格基準の確認をしに行ってくれました。

すると、受験問題の中に一問、「誤問」があり、その問題が正解?(対象外)になったようでした。

この「誤問」があったおかげで、私は合格になったのです。

ぎりぎりの中で、「運」が良かったのです。 それも近年いなく合格率は10パーセントでした。

この時は、少し驚いていたくらいでしたが、時間が経つほどに「この自分が、3週間の勉強でよく受かったものだ」と、改めて思ったものです。

幸いにして建築士の勉強も同時にしていたので、宅建試験の中にある「建築に関する問題」は、ほぼできていました。

合格できた要因を今、考えてみると

・    短期集中での受験勉強   3週間、集中を極めた 「人事を尽くして 天命を得られた」

・     独学の成果   テキストなど使わず、問題集だけでの工夫勉強  やさしい問題集・・

・     建築士の受験と重なった 集中力の持続  建築の問題はほぼできた

・     タイミングがよかった  友達に誘われなかったら受験していない(取得していない)

・     運があった   合格ラインギリギリでの合格 それも誤問があって 友達の誘い 

本当に解らないものです。一番びっくりしているのは本人自身でした。人間生きている上でのチャンスや運は、いくつかあるものだ。と聞いておりましたが、本当にあるのですね。 3週間しかなかったけれど、今振り返ると「徹底して、集中して、計画的に、独学で、勉強をしたかな」と、思っています。それと、やはり「運」を感じます。

私は、この経験を自慢するつもりはありません。

しまし、教訓として、「出来ることは後悔無いよう徹底してやる」ということでしょすか。結果は、後でついてくるようです。


                     オータ住環境(株)  太田清人




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